雪が降ったときどうする?雪って、白くてきれいなのは降ってるときだけだもの。
ふだんも汚れたらどうやって掃除するのかしら。
それ担当してくれる?」「トイレは大きめに作ったから、小便器をもうひとつ横に付けることもできるけど。
付けといたら子どもたちも楽じゃないかなあ」「かえってひっかけちゃってたいへんよ・お客様用だったら、別に仕切って作らなきゃあ。
そこまでのスペースはないでしょ。
だいいち、お客様だってどっちかに誰か入ってたら、もう片方だって使いづらいんじゃない?」「玄関横には靴や汚れてもいいグッズを置いておくクロークを作るでしよ。
お客様用のコート掛けをつけておくと便利だって雑誌に載ってるけど」「それも、家が完成して、暮らしはじめてからでいいんじゃないかしら。
実際来客があったとき、どこにコートを脱ぐかまだわからないでしょ。
欧州みたいに、ドアからすぐにリビングかリビングに続くレセプションエリアがあって、セントラルヒーティングでいつも暖かいならすぐ脱ぐでしょうけど。
日本は、ダイニングまでコート着たまま来ちゃうんじゃない?」実際、この点についてはまったく妻が正しかった。
お客様はほとんど例外なく、コートやジャンパーを着たまま、廊下を進んでダイニングまでやみんなが帰りたくなる「我が家」にしたいってくる。
これは、我が家が玄関にまで空調をきかせていないのでやや寒いこともあるのだが、日本人に特有の玄関での儀式のせいもある。
まず一通りの挨拶を玄関でし終えてから、靴を脱いで上がり、家人がすすめるスリッパを恐縮しながら雪おもむろに中へ。
こういった3段階もの手続きがエントランスエリアで必要になるため、その場でさらにコートまで預かるのは、かなりたてこんだ作業になる。
また、結果的に我が家の子どもたちは、小学校にも幼稚園にも、遊びに行くにもキッチンの勝手口をもっぱら利用するために、家人のコートやジャンパー類も、私自身のもの以外は、ここに掛ける必要がなくなった。
こうしてみると、同じ家に住んで、一緒に暮らしている夫婦でも、夫と妻は、それぞれ異なるイメージで、異なる視点から、ひとつの家の全体を見渡しているといえそうだ。
頭の中に描かれた我が家は、だから決定的に異なるだろう。
男と女は、物理的にひとつの家に住んではいても、別々の家もようの中で暮らしているのだ。
パンツ一丁でも平気な場所がほしい案は外に向かって開かれた階段だから、風呂に入ったあと、いったんリビングを通ってから2階に上がらなければならない。
案では、階段は明確に内側のプライベートゾーンの延長で2階まで続くから、かりにリビングにお客様がいたとしても、極端な話、裸のまま2階の部屋に上がっていくこともできる。
案のようにしておくと、小さな子のいる家庭では便利だろう。
子どもはあっちこっちに服や靴下を脱ぎ捨てていくから、風呂場の前の洗面(脱衣場)だけでは着替えが完結しないからだ。
大人だって2階に寝室やクローゼットがあれば、着替えを取りにパンツ一丁で2階に上がりたいこともある。
告白すれば私などは毎朝そんなスタイルだから、案だったら、いちいち外からの影響力はある。
案と案の違いをもう一度、よく見ていただきたい。
この2案には、主婦の動線の違いの他に、決定的なライフスタイル上の相違があるからだ。
間取りが人生を決めることはないが、ある種のライフスタイルを許すか許さないか、カーテンを閉めてからシャワーを浴びにいかなければならない。
日本の家のいいところは、プライベートゾーンでは、裸で暮らせるほどリラックスできるところだと思う。
欧州では、リビングは外とつながった社交場で、2階のベッドルームから朝下りてくるときには、正装とはいわないまでも、きちっと着替えてくる。
寝間着のままではマナー違反だし、一人暮らしのおばあちゃんでも、化粧をしてから降りてくる。
たいてい玄関のドアはリビングに直結しているので、牛乳屋さんにも宅配業者にも中をジロッと見られてしまうのだ。
欧米の人たちの多くが、家の中でも靴のまま歩くのは、ベッドルームやバスルームというプライベートルーム以外は、廊下も含めて、みな外に開かれた社交の場だと考えているからだ。
たとえ家族の間だとはいっても、こうしたパブリックゾーンでのマナーは厳しい。
もっとも最近では日本風の暮らし向きがとくにインテリ層の間に広まっていて、玄関脇で靴を脱いでからスリッパにはきかえ、家の中ではリラックスして暮らそうという粋な外人も増えテーブルセッティングにも使える美しい和紙や千代紙なら、奥様方には喜ばれる。
ただし、いまや折り紙もグローバルに知れ渡っていて、フランスの小学校などでは折り紙を教えているとこ利である。
余談にはなるが、なぜ作務衣が外国人へのお土産にいいかに触れておく。
昨今は、米国に遅れて欧州でも一種の日本ブームが起きていて、ちょっとした日本通ならみんな、箸や扇子を珍しがらなくなってしまった。
ロンドンで暮らしはじめたとき、東京で作務衣を買っていって隣人にプレゼントしたのだが、さっそく翌朝、庭の水まきに上機嫌で着ていたのを想い出す。
もっとも、部屋着として重宝されているかどうか、定かではない。
そういうなかで、日本人の生活文化から生み出されたリラックスウェアとしての作務衣なら、肌触りがいいことは彼らにもわかるし、まだ十分に珍しい。
とりわけ、あの深い紺色の染料は、日の丸の白と赤のコントラストよりも、日本を代表するジャパネスクなカラーなのではないかと思う。
私の友人で、ここはオーディオルーム、ここはピアノの部屋、ここは本を読むところと用途別の大豪邸を建てた人物がいるのだが、結局使いにくくて、いまはマンションを借りて住んでいる。
今「用途別間取り主義」は捨てる今第2話で述べるように、長屋←アパート←マンション←賃貸マンション←建て売り←賃貸戸建て(ロンドン)←賃貸アパート(パリ)と、めぐり歩いた私の結論は、「住宅は間取りではなとということだった。
日本でも、ちょっと前までは、用途に合わせて自由に「間取り」を変えられるよう、柔らかい(フレキシブルな)つくりをするのが一般的だった。
住宅は外に向かって開いていたし、部屋の間仕切りも壁ではなく、可動式で時には取りはずせる障子や襖だった。
アメリカから用途別の間取り主義を導入したのは、ほんの数年前のことにすぎない。
そこから経済の成長とともに住宅の平均的な延べ床面積は年々増えたが、空間の豊かさは、かえって窮屈になっていった。
イギリスではとっくにリースコントラクト(所有権ではなくて、日本でいう借地権や定期借地権)が主流になっているし、戸建て中古市場や戸建て賃貸市場も豊かに育っている。
コーポラティブハウスというシステムもイギリスで始まった。
だがそれは、勘違いにすぎない。
なぜ日本人はこれほどまでに、間取りの呪縛にかかってしまったのだろうか?それは、国を挙げて、ビジネスマンに家を所有させるキャンペーンを張ったからである。
家を所有しなければ一丁前にはなれないというような、一家の主じゃなければ男じゃないというような、定年したら退職金で郊外に家を持つのがまっとうな日本人の人生だとでもいうような、そんな呪縛が日本を支配した。
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